2010/09/22
 更新

 氷見線と同様にJR西日本金沢支社高岡鉄道部が運行している富山県で最も古い鉄道で、中越鉄道株式会社が1
895(明治28)年11月に高岡から砺波平野を貫き、城端までの免許を取得した。当時官営鉄道の北陸線はまだ
高岡まで延びてきておらず、高岡駅の位置が未確定であったため、町外れの黒田に設けた仮駅から福野まで17.
2kmを1897(明治30)年5月4日に開通させた。次いで福野−福光間、福光−城端間、高岡−黒田間を順次開
業し1898(明治31)年1月2日に高岡−城端間29.9kmが全通した。
 北陸線が高岡まで開通したのは1898(明治31)年11月1日。1920(大正9)年9月1日に氷見線ととも
に国有化され、中越線となったが、後に城端線、氷見線、新湊線と改称されている。1987(昭和62)年4月1
日にJR西日本城端線となり現在に至っている。全線単線の非電化でキハ40形、キハ47系気動車で運行されて
いる。
 駅は、高岡(たかおか)
二塚(ふたつか)林(はやし)、戸出(といで)、油田(あぶらでん)、砺波(となみ)、東野
尻(ひがしのじり)、高儀(たかぎ)、福野(ふくの)
東石黒(ひがしいしぐろ)福光(ふくみつ)、越中山田(えっち
ゅうやまだ)、城端(じょうはな)の13駅で営業キロ数は29.9km。運賃は32.9kmの換算運賃が適用される。
 政府の整備新幹線問題調整会議が2010年3月25日に国土交通省で開かれ、JR西日本の佐々木隆之社長が
氷見線や城端線など北陸線の枝線の利用者が大幅に減少しているデータを提示し「地方ローカル線問題は大きな経
営課題。対処方針を考えていきたい」と指摘した。佐々木社長は、枝線の存廃も合め、自治体や地域住民らと意見
交換していきたいとの意向を示した。
 JR西日本が会議で示したデータは、北陸線と枝線6線の昭和63年と平成20年の利用者数を比較しており、
城端線は40%減、氷見線は約50%減などと軒並み半減している。
 佐々木社長は会議後、枝線について「ローカル線をどうするかは経営の問題の一部」と前置きした上で、地域に
よっては、鉄道からバス路線に切り替えた方が利便性が高まる可能性があると指摘。「そういうことを合め、交通
をどうしていくのがいいのか地域と話をさせてもらいたい」と述べている。

 城端線の乗客のほとんどが高校生で、40%の減少は高校生が少子化により40%減少したことを示している。
この間の高校生の減少は48%で、氷見線の方が高校生の占める割合が高いことを示している。
パーク&ライド駐車場を整備しても末端の福光や城端ではほとんど利用されない。高岡まで時間が掛かる上、運賃
も高くなりメリットがない。代わりに北陸本線の石動駅や福岡駅のパーク&ライド駐車場は大盛況となっている。
 渋滞の原因となる庄川の橋を渡る必要がないため、北陸本線の駅を利用した方が便利になっている。
 高校生の方も、満員、汚い、汗臭い、本数が少ない、車両が少ないなどの不満が多く、全国のローカル線では、
スクールバスを運行する高校が増えている。
 北陸新幹線新高岡駅の乗り継ぎに城端線に新駅を造ることが検討されているが降りてから数百メートル歩かねば
ならず、高岡市内の人や氷見線、万葉線で来る人は北陸線で富山まで行って乗り換える方が乗り継ぎに便利。新高
岡駅を利用する人で公共交通を利用する人は少なく、利用者のほとんどが併設される1000台規模の大駐車場を
利用する。
 高岡を訪れる人も富山駅で降りて北陸線に乗り換えた方が便利だと判る。ビジネス客はビジネスホテルが新高岡
駅周辺に移転するはずで、こちらは新高岡を利用した方が便利、どちらにしても城端線の利用には繋がらない。
 富山県の穀倉地帯の砺波地方の米を運び出すために作られた城端線も使命を終えた感じがする。廃線になっても
代替バスは不要、間引きに次ぐ間引きで廃止になるのは確実。国道156号線経由の加越能バスが運行されており
仮に需要があるのなら、これを増発すればよい。高校生はスクールバス、交通弱者は北陸線の駅とを結ぶコミュニ
ティバスで対応するしかない。
 高岡−砺波間は15分間隔の運転で第三セクターのLRT化すれば国道156号線の交通量も多く、人口集積度
が比較的高いので存続の可能性がある。


高岡駅 たかおか  北陸の駅・高岡駅    高岡駅の1番南側にある、1番線、2番線から城端線は発着する。




1番線ホームとキハ40形城端行き


2番線ホームのキハ47系


二塚駅 ふたつか  北陸の駅・二塚駅
中越パルプ二塚工場があり、ここまで貨物輸送が行われる。JR貨物への委託駅。




2番線へ到着するキハ40形高岡行き


中越パルプ二塚工場へ向かうコンテナ列車


林駅 はやし  北陸の駅・林駅
国鉄時代からの無人駅。駅の地名は東藤平蔵(ひがしとへいぞう)というが、この辺の集落では林という名字が非常
に多く、高岡市で最も多い名字も林。




水田の中の片面ホーム


発車したキハ47系高岡行き


戸出駅 といで  北陸の駅・戸出駅
JR西日本の合理化で無人化されることになっていたが、高岡南高校の生徒が多く利用するため、高岡市と地元協
議会の支援で無人化を免れた。7月には七夕まつりが行われ大勢の人で賑わう。富山県立高岡南高校は駅から約7
00mのところにある。




七夕まつり期間の戸出駅舎


発車したキハ58系城端行き


油田駅 あぶらでん  北陸の駅・油田駅
この駅から砺波市で付近は4車線の国道156線が近くを併走し、列車の利用者はほとんどが高校生。ゴールデン
ウイーク前後にはこのあたりからチューリップ畑が見られる。かつては行き違い可能駅だったが、現在は片面ホー
ムの無人駅となっている。




油田のかわいい駅舎


到着するキハ47+キハ40の高岡行き


砺波駅 となみ  北陸の駅・砺波駅
砺波地方の中核都市砺波市の代表駅で立派な駅舎であるが利用者は少ない。道路事情が良くなって砺波地域は富山
県で最も車社会が進んでいる地域である。毎年ゴールデンウイークにはチューリップフェアがおこなわれ、この時
だけは観光客で賑わう。ここも利用者のほとんどが高校生。駅から約700mのところに砺波高校がある。




ホームと橋上駅舎


1番線のキハ47系高岡行き


東野尻駅 ひがしのじり  北陸の駅・東野尻駅
北陸自動車道が近くを通り、約2qのところに砺波工業高校がある。片面ホームの無人駅で駅舎はない。




片面ホームの東野尻駅


発車したキハ40形高岡行き


高儀駅 たかぎ  北陸の駅・高儀駅
駅舎は新しくなっている。砺波市と南砺市の境界にあるが、所在地は南砺市となっていて、ここから終点城端まで
南砺市。かつては交換可能駅だった。反対側に蒸気列車時代の低いホームが残っている。無人駅で駅前には駐車場
と駐輪場がある。




ホームと簡易駅舎


到着するキハ47系城端行き


福野駅 ふくの  北陸の駅・福野駅
JR西日本が無人化した際に地元のタクシー会社が役務を受託して無人化を免れている。駅舎の一部はタクシー会
社の営業所となっている。ホームは相対式で跨線橋も新しい。かつては加越能鉄道加越線への乗り換え駅だった。
駅から約500mのところに富山県立南砺総合高校福野高校がある。




福野駅舎


2番線に到着するキハ40形城端行き


東石黒駅 ひがしいしぐろ  北陸の駅・東石黒駅
高岡からは小矢部川の支流の山田川を渡り東海北陸自動車道をアンダークロスすると東石黒に到着する。福野−福
光間は城端線と主要地方道が平行している。付近に東石黒という地名は見あたらないが、東石黒郵便局がある。片
面ホームの無人駅。




片面ホームの東石黒駅


発車したキハ47系城端行き


福光駅 ふくみつ  北陸の駅・福光駅
JR西日本が無人化した際に地元の旅行代理店が役務を受託して無人化を免れている。駅舎の一部は旅行代理店の
営業所となっているホームは相対式で跨線橋がある
駅から約.1kmのところに富山県立南砺総合高校福光高校がある。




福光駅舎


停車中のキハ40形高岡行き


越中山田駅 えっちゅうやまだ  北陸の駅・越中山田駅
城端線と平行していた国道304号線は越中山田駅付近では離れている。近くを東海北陸自動車動が通っている。
最初から片面ホームの無人駅。




片面ホームの越中山田駅


到着するキハ40形高岡行き


城端駅 じょうはな  北陸の駅・城端駅
城端駅は駐泊列車があるため、JR西日本関連会社の駅員が配置されている。ホームは長らく片面ホームだったが
新しく追加され相対式になったが現在は臨時列車チューリップ号の待避と早朝の城端駐泊列車の折り返しに使用さ
れている。城端線は昼間利用者の著しい減少から間引きに次ぐ間引きで1日僅か上下34本の運行になっている。
平日は城端6:05発と6:28発用の2本の列車が駐泊している。




城端駅舎


発車を待つキハ40形高岡行き