2011/08/29
 更新
2008/04/26 更新

くりから
路線:JR西日本北陸本

石動 ← 倶利伽羅 → 津幡
所在地:石川県河北郡津幡町字刈安レ150              最終取材日:2006/12/24

倶利伽羅駅舎

到着する413系438M金沢行き

 倶利伽羅駅は刈安の集落から500m旧国道8号線から富山寄りの坂を登った所にある。山の中の小駅で利用者
は少ない。北陸本線の倶利伽羅−石動間は急勾配の難所で、新倶利伽羅トンネルができる1955(昭和30)年ま
では石動駅、倶利伽羅駅で後押し用専用のE10形タンク式蒸気機関車を列車後部に連結していた。その名残か今
でも倶利伽羅駅には本線の両側に機回し用の側線が今も残っている。E10形タンク式蒸気機関車は国鉄最大のタ
ンク式機関車で戦後の1948(昭和23)年に製造された急勾配線用の機関車で、奥羽本線板谷峠、肥薩線矢岳峠
倶利伽羅峠と渡り、倶利伽羅で不要になった後、1957年に米原−田村間の交直接続に使用された。倶利伽羅で
活躍したのは僅かな期間だった。旧線の倶利伽羅越えでもE10形を必要とする勾配ではなく、スピードの要求さ
れる旅客列車は本務機と同じC57形やD51形が補機として使用され、E10形は貨物列車専用だったようだ。
ホーム上には待合室の他に事務所のようなものがあるが、その時の補助機関車の機関士達の詰め所だったのかもし
れない。
 倶利伽羅駅は石動−津幡間の信号所として1908(明治41)年12月16日に開設され、翌年の6月15日に
駅に昇格した。旧線の頃は大勢の駅員がいたが、現在は無人駅である。ホームは島式で、駅舎とは狭い跨線橋で結
ばれている。ここは通過列車が多く、列車通過前に電光掲示板で通過線路を示し、案内放送が流れる。江戸時代は
石川県加賀地方と富山県西部は同じ加賀藩の領地で、他の県境に比べ人の行き来が多く、普通列車のほとんどが富
山−金沢間に設定されており、新潟−富山県境の越中宮崎や石川−福井県境の牛ノ谷、福井−滋賀県境の新疋田駅
に比べ本数が多い。駅舎から金沢側にパークアンドライド用の駐車場がある。駐輪場もあるが、集落からは長い坂
を登って来なければならず自転車は1台も無かった。駐輪場は駅舎から遠く、自転車がある場合も駅舎前に置かれ
ている。駅入口には昭和初期の懐かしい郵便ポストが立っている。
 駅名の元になった倶利伽羅峠は駅から約3q富山県側、北陸道の旧道に位置する。ここは源平合戦で、木曽義仲
と平維盛の軍が戦った古戦場として有名で、牛の角に松明(たいまつ)を付けて戦ったと伝えられ、隣の石動では火
牛祭りが行われる。津幡駅には火牛の銅像がある。富山県側の石動では火牛祭りが開催される。倶利伽羅山の頂上
付近には密教の霊場、倶利迦羅不動寺がある。毎年春になると参道一帯の約900本の八重桜が咲き誇り、「倶利
伽羅さん八重桜祭り」が開催される。

1番線ホームから富山駅方向

跨線橋下から金沢駅方向

1番線ホーム駅名表示板

ホームから金沢駅方向

跨線橋階段前から富山駅方向

ホームの跨線橋階段

ホームの待合室と保線用建屋

ホームと駅名表示板

ホームと跨線橋

金沢駅側からの倶利伽羅駅

駅舎出入口から跨線橋階段

駅舎側跨線橋階段

線路側から駅舎

跨線橋

券売機と飲料自販機

金沢駅側の駐輪場

パークアンドライド駐車場1

パークアンドライド駐車場2

倶利伽羅不動寺入口

倶利伽羅不動寺

倶利伽羅不動寺

木曾義仲軍の火牛の像

旧北陸道倶利伽羅峠

富山県側の埴生大池

通過するサンダーバード大阪行き

通過したサンダーバード大阪行き

到着する419系430M金沢行き

到着する419系430M金沢行き

発車した419系430M金沢行き

発車した419系430M金沢行き

到着する413系438M金沢行き

停車中の413系438M金沢行き

発車した413系438M金沢行き