2011/02/18 更新
2009/08/07
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えっちゅうこくぶ
路線:JR西日本氷見線

雨晴 ← 越中国分 → 伏木
所在地:富山県高岡市伏木国分2丁目44                             最終取材日:2007/07/21

越中国分駅ホーム

停車中のキハ47系2連の高岡行き

 私にとって越中中川に次いで多く乗り降りした駅で、伏木高校へ通った3年間利用した。2001(平成13)年
5月に35年ぶりにここを訪れたが、当時とほとんど変わっていない。変わったのは待合室が塗装されたのと飲料
自販機が置かれたのと、ワンマン運転用のミラーが設置されているくらい。もちろん駅名表示板はJR仕様のもの
に変わっていた。2007年7月に6年ぶりに訪れた時は自動販売機が撤去されて無くなっていた。今回は伏木高
校の部活を終えた生徒が20人くらい高岡行き列車を待っていた。制服は変わっていたが列車を待っている風景は
今も42年前と変わっていない。
 この駅は氷見線の1900(明治33)年という歴史に比べればずいぶん新しく、戦後の1953(昭和28)年7
月1日の開設となっている。7月1日という日から想像すると国分浜を訪れる海水浴客のために作られたもの思わ
れる。最初から無人駅で通過する列車が多かった。当時の氷見線はC11形蒸気機関車が4〜5両の客車を引いて
走っていた。従ってこの駅も5両分の停車スペースが確保されている。
 氷見線に初めて気動車が登場したのはキハ07形ですぐにキハ10形に変わった。キハ07形はその後、機関を
外されてトレーラとして組み込まれていた。気動車の塗装は紺色とクリーム色に塗られていたが、やがて赤色とク
リーム色に変わっていった。DC化された後も客車列車が残り、蒸気機関車が廃止された後もDD13、DE10
牽引で残っていたが、越中国分には停車しなかった。
 私はいゆゆる団塊の世代で、この駅を利用して伏木高校へ通う生徒が多かった。朝は伏木駅から駅員が乗り込み
越中国分駅で集札業務を行った。私が毎朝利用した列車はキハ20やキハ10にキハ07トレーラーを挟んだ5両
編成だった。越中中川で周辺4校の生徒が下車するので、ほとんどの場合座れた。今もこの駅の利用者のほとんど
が伏木高校生となっている。駅から学校が近いため、他駅のように駅から学校まで乗る自転車は置かれていない。
 駅の雨晴寄りに温泉施設越乃庭がオープンした。日帰り入浴は600円で宿泊も可能だが、残念ながら天然温泉
ではない。越乃庭から越中国分駅ホームへの出入り口も最近新設された。

歩道踏切から高岡駅方向

ホームから氷見駅方向

入口付近の駅名表示板

待合室奧の駅名表示板

高岡駅側からホーム

氷見駅側からホーム

ホームの待合室

待合室内部

氷見駅側からホーム

ホームへの階段

ホームの出入り口 伏木高校側

ホームの出入り口 越乃庭側

ホームの出入り口 越乃庭側

ホームの桜の大木

ホームの花壇

ホームから国分浜

ホームから国分浜

ホームから男岩(おいわ)

富山県立伏木高校

富山県立伏木高校図書館

スーパー銭湯越乃庭

高岡駅側住宅地への歩道踏切り

越中国分駅付近からの立山連峰

伏木外港と立山連峰

キハ40形氷見行き

キハ40形氷見行きと女岩(めいわ)

キハ40形氷見行き

到着するキハ47系高岡行き

到着するキハ47系高岡行き

発車したキハ47系高岡行き